徒労の檻|A Cage of Vain Struggle

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第二章|Chapter 2

昼下がりの工場での記憶が、テツオの脳裏に鮮明に蘇る。

閑散とした工場の敷地内。
そこに、場違いな高級スーツを着た男が現れたのがキッカケだった。

それはかつての同級生の息子。その同級生は、大企業に勤める部長だ。
その姿を見た瞬間、テツオの中で何かが弾けた。

経営難に苦しむ自分と、順風満帆な彼ら。
どす黒い感情が衝動となり、テツオは背後から男に忍び寄った。

鈍い音と共に男が崩れ落ちる。
震える手で男を引きずり、誰も使わなくなった旧倉庫へと運び込んだ。

そこにあったのは、工事現場で使われる黄色と黒のトラロープだ。
テツオは意識のない男を柱に押し付けた。

不慣れな手つきで男の体にロープを回す。
まず両手を柱の裏側で交差させ、解けないよう幾重にも巻き付けた。

元ラグビー部員かアメフト部員か。スーツ越しにもわかる厚い胸板と太い腕を、解けないようにしっかり縛り上げていく。拘束はもう十分であったが、逃げられるとすべてが終わってしまうという不安から、足首から太もも、さらに胴回りにもロープを食い込ませた。スーツの生地が悲鳴を上げ、その下の肉が締め上げられる感触が手に伝わってくる。

「……ごめんな、このまま大人しくしててくれよ」

荒い息を吐きながら、テツオは仕上げにかかった。
自身のポケットから使い古したハンカチを取り出すと、男の口に無理やり押し込む。
さらにその上から、布製のガムテープを隙間なく巻き付けた。

男は完全に自由を奪われ、柱の一部となった。
その光景を見て、テツオは奇妙な達成感と、取り返しのつかないことをしたという恐怖を同時に味わっていた。

社長室に戻り、冷や汗を拭っていると、ノックの音が響いた。

「社長、そろそろ時間です。銀行へ行きましょう」

ゴウだった。
テツオは平静を装い、「ああ、わかった」と答えた。

車に乗り込み、融資の打診のために銀行へ向かう。
道中、テツオは一通の封筒をポストに滑り込ませた。
宛先は、あの男の父親。かつての同級生。

これで賽は投げられた。

西日が差し込む倉庫の中。
埃っぽい空気の中で、テツオに囚われた男は意識を取り戻した。

「……ん、んんーっ!」

意識が覚醒すると同時に、全身を襲う強い圧迫感に気づく。

――動けない。

目を見開くと、目の前には薄暗い倉庫の壁。
体を動かそうと試みるが、ピクリともしない。
口に何かを入れられているのか、声を上げることもできない。

視線を自身の身体に落とすと、自分の体に巻き付いた黄色と黒のロープが目に入った。
頑丈なトラロープは容赦なく体に食い込み、呼吸をするたびに胸や腹を締め付ける。

後ろ手に回された腕は痺れ、指の感覚がなくなりかけている。
なんとか声を出そうとしてみるが、口の中に詰められた布塊と、その上から貼られたテープがそれを阻んだ。

「んんーっ! んーっ!」

声にならない声を上げながら、男は必死に体をよじった。
だが、体は柱に括り付けられているうえ、腕・胸・胴・太腿から足首にかけ、ロープでギチギチに縛り上げられている。男はまるで昆虫標本のように固定されており、結局体を揺することくらいしかできなかった。

もがけばもがくほど、トラロープは無情に肉に食い込む。
圧迫感と痛みが増すばかりで、状況が好転する気配はない。

男はロープを解くのを諦め、柱に頭をあずけて全身の力を抜いた。
同時にロープの食い込みが緩み、体が幾分楽になる。
男の額から脂汗が流れ落ち、ロープで歪んだネクタイの結び目を濡らした。

なぜ自分は縛られ、監禁されているのか。
知らない工場の天井を眺めながら、男は呆然とするしかなかった。

―――!!

テツオは我に返った。
ガソリンスタンドの事務所で、縛られたまま眠っていたようだ。

壁の時計を見ると、午後11時を回ったところだった。
縛られた腕と足に力を入れるが、相変わらずロープはキツく締まっており、解ける気配はない。

事務所の暗がりに目をやると、そこには同じように縛られたゴウと、ガソリンスタンドの店長が横たわっている。その様子を見て、あの男を監禁した倉庫とここが繋がっているような錯覚を覚えた。

今頃、あいつはどうしているだろうか。
あの若い男もまた、今の自分と同じように解けない縄と格闘し、絶望に打ちひしがれているのだろうか。

テツオは再度、後ろ手の縄を解こうと指を動かした。
だが、ゴウが結んだ縄はあまりにも固く、複雑だ。

焦りが募る。早く戻らなければ。

身動きの取れない自分に、時間の経過という新たな重圧がのしかかっていた。

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